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COMIN'KOBE'17に行ってきた!!(初)

まず言いたのは、このフェスの規模をナメてた!

ほんとに人の数、半端ないよーー!!

 

だってさ、9時50分に着いて、列の最後尾に着くまでガチで20分強かかった!

二駅ちょい分!!!!

 

そしてそこから入るのに2時間。

初めは3時間かかるかと思ったくらいだったよー。

やっぱ9時前に行くのが正解だったんだな。

 

タイムテーブルはこれだった。

当初はワールド・ステージにも行く予定だったけど、

人がヤバそうだったから14時30からずっと1号館にいた。

 

その前は何処にいたかというと、2号館。

だからほんとにワールドには一歩も踏み入れなかった。

でもちょっと勿体なかったわー。

メインステージが二つ隣合わせってこと知らんかったし!

 

まあだから自分のスケジュールは12時30~2号館。

そして14時30~1号館だった。

 

ではでは、見た中で部門別で個人的に一番よかったバンドを挙げてくぜ~。

 

一番感動したバンド

THEイナズマ戦隊!!

 

ずーーーーっと前にモンバスで見た事あった。

けっこう良くて、アルバムも購入した。

でもそれ以降は全然知らなかった。

 

だから “え、ズッコケ男道を提供したんだ!まあ、確かに音はイナセンっぽいか”

となったりもした。

で何に感動したかというと応援歌!!

 

これは前から好きな曲でもあったから、

それだけでもテンション上がったんだけど、

途中でアカペラをやった。

 

声量がほんとにヤバかった。

声って年取ると衰えるものだけど、

(40代のおっさんバンドです)

めちゃめちゃ力強かったしクリアに聞こえた。

 

歌に関しては多分このフェスで断トツ1位だと思う。

うまいとは思ってたけど、ここまでだとは思ってなかった。

 

あのアカペラはほんとに鳥肌もので、圧倒的だった。

ここまでのものは生まれて初めて聞いたよ。

 

一番楽しかったバンド

POT

 

全然知らないバンドだったけど楽しかった。

特にモッシュピットが!!!

 

ヤバTも楽しかったけどPOTの方がちょい上だったな。

ただ印象ってライブによって違うもんだから、また見たらどうかわからんよね。

 

だってTriangle'16でBUZZ THE BEARS見てめちゃくちゃ楽しかったけど、

今回はイマイチだった。

めちゃめちゃ好きなバンドじゃない限り、

やっぱお客さんとかそれも含めた雰囲気に左右されるよね。

 

一番良かったバンド

KNOCK OUT MONKEY

 

ライブハウスで見たことがあったバンド。

アップテンポなロックって感じかな。

 

ちらほらとKOMのTシャツ着てる人は見かけたものの、知名度がどうかよく分からなかった。

でもけっこう入ってた!

 

逆に隣のステージのトリをつとめたQOOLANDの入りがひどくて可哀想だった。

多分30人くらいしか前の方にいなかったんじゃないかな。

あれはほんとにひどかった。

 

でもKOMはびっくりするくらい人がいたし、

1号館のトリに相応しいライブを見せてくれた。

 

一番残念なバンド

打首獄門同好会

 

曲はyoutubeで見てちょっと知ってたけど、

ライブで見るバンドじゃないな。

 

ずーーっと同じような曲調やらノリで速攻飽きたし、

楽器隊も超微妙。

音もヴォーカルの声も迫力がない。

 

ただうまい棒はありがたく頂いた!!

 

まとめ

いやー、しかしこの大規模フェスを無料でやるのは本当にすごい!

ただKOMも言っていたが、無料フェスと言ってはいけない。

チャリティ・フェスなんだから、募金は絶対しないとだよね。

 

あと運営さん最高だった。

ホームページとか色々笑わせてもらいましたわ。

特にエープリル・フールの!!!

http://comingkobe.com/news/news20170401.php

 

 

 

GW明けに寄席に行ってみた!!(初)

はい、初めての寄席はここで!

 

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浅草演芸ホール~~!

なんか本場って感じがする。

 

ゴールデン・ウィークの特別興行ということで語りやさん達も豪華。

夜の部のトリは人間国宝、林家小三治さんだったし!!

 

ただ自分は残念ながら、そこまでいられなかったから昼の部だけ。

でもこれも旬の落語家さん達が多く出るということで、

“初の寄席には持ってこいだ!”と思い、行ってみたのだ。

 

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なんかネットに載っているのから三人変わってた。

(なんと昼のトリも!!!)

 

会場では飲み食い自由という事で近くの弁当屋で買いものをし、

春風亭一之輔さんに間に合うように12時に入った。

 

GW明けというのもあり、

まばらに人はいたものの、前から3列目の席を取ることが出来た。

(昼の部の最後にはかなーり埋まり、満席に近い感じだったけど)

 

この時間からだと常連さんもわりと多いみたいで、

“待ってましたー!”も何回か聞けた。

これ、本当に言うんだな!!

 

この日のベスト

寄席っていうのは落語だけでなく、

様々な芸が見れるんだけど、みんな面白かった。

びっくりしたのが漫才以外でも笑わしにくるんだよ!

 

落語以外だと漫才のロケット団と紙切りの林家楽一さんが最高に面白かった。

楽一さんに関しては神芸を披露しながらも笑わせるんだからあれは本当にすごい!!

そういう意味では、“紙切り”という名前は地味過ぎるぜ!

 

あと落語に入る前の前トークもめちゃくちゃ面白かったりするんだよ~。

その中でも柳屋三三さんのは格別だった。

 

彼はステージに立ってから、地獄のようなスケジュールを面白おかしく語り、

“売れっ子ってすごいなー”と感心してたら、

“というように早くなりたい”で最高に落としてきた。笑

 

三三さん曰く、語りやさんの言葉は真に受けちゃいけないんだって!

まんまと騙されたぞ。笑

 

で、昼の部での最高に良かった落語家さん達はこちら。

三遊亭歌之介さん、桃月庵白酒さんと林家きく麿さん。

三人も挙げたのはみんな全然違うスタイルだったから。

 

三遊亭歌之介さんはなんか普通に話をしてる感じだった。

桃月庵白酒さんは古典。

林家きく麿さんは創作かな。

 

三遊亭歌之介

常連の“待ってましたー!”から始まった。

 

話してる内容は普通の雑談って感じだった。

だからこれがどういう落語に当てはまるのかよくわからない。

でもとにかくめちゃくちゃ面白い。

 

この人の語りはマジですごいと思う!!

発声も良く、全身で表現し、すぐ引き込まれた。

 

そして話す事自体が、本当に好きなんだろう。

勢い余って少し時間をオーバーした気がする。笑

 

この人はノーマークだったけど、おすすめですわ。

 

桃月庵白酒

やった古典落語が“茗荷宿”。

初めて聞いた落語だったけどめっちゃ面白い。

オチも良い!!

 

この人の力だと思うが、場景が浮かび、すぐ引き込まれた。

そして一之輔さんの方がそうだったかもしれないが、食べる芸、うまいね。

 

この古典落語は、宿に泊まりに来る客の表現で違う雰囲気の作品になるんだろうな。

 

林家きく麿

絶対創作だと思う。

命名するなら“おばあちゃんシンデレラ”!

 

いきなりおばあちゃんからスタートするから、“何が始まるんだ!?”って感じだった。

古典なのかなーとも思ったが、蓋を開けてみたらめっちゃ現代物だった。

プリンスのキャラも芸能人の誰かを真似してるんかなー?って感じ。

 

靴の代わりは入れ歯だった!!

ストーリーも分かりやすく、すごい良かった。

おばあちゃん達が自分に合わない入れ歯を入れようとするシーンはめっちゃ笑えた!!

 

ただ高齢者達が多い中で“これ大丈夫なんかなー?”と少し心配になった。

でもきみまろも大人気なんだから、ここに来るような人は多分オッケーなんだろうね!

 

交互枠の人だったけど、これはめっちゃ当たりだった。

 

まとめ

一番笑わせてもらったのは、

ロケット団と三遊亭歌之介だったかなー。

 

しかし寄席ってのは常に笑いを誘ってくるから涙が溜まるんだよ!

こんな経験初めてだった。

 

何時間も居てなんぼのものだから、

“今日は1日暇だーー!”って日があれば、是非寄席に行ってみて!!

 

 

クズの本懐の終着点 - 決別と本物について

“うおーー、「クズの本懐」って人間性がすごい出ている作品だなー!!”

って思っていたけど、終わってみたら成長物語だった。

 

だから元は“恋”という現象やら“孤独”についてとか書こうと思ってたんだけど、

それをするにはまた序盤~中盤を見直さないないといけないからそれはお預けにして、

まずはこの成長という終着点について書こうと思う!

 

ここよりネタバレ有

 

最終回を見て

 

hamuhamukunはこの作品の終着点はこれになると思ってた

 

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でも違った。

麦と結ばれることはなかった。

 

これって切ないエンドではあるものの、

希望があるラストでもあると思った。

 

何故か?

それはお互いから離れることによって、

本格的に新しい“自分”に向かって歩き出せるのだ。

 

そう考えたら、

お互いが反対方向を歩いてゆくシーン(アニメ版)は切なくも、美しい。

特に花火の最後の表情。

 

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“これまでありがとう。

もう大丈夫、一人でも歩いていける”

と聞こえてきそうだ。

 

花火が言っていた“決意”とは“決別”だったのだと思う。

麦との別れは前の自分との別れを意味しているからね。

 

“本物”

 

一つすごく気になるのは、

ラストで使われている“本物”という言葉。

 

この言葉はこの場面には合っていないと感じてしまう。

だって偽者から本物に変わるものだってある。

 

麦と花火の関係の始まりは間違ったものだった。

でもそれが間違いだと気付いた時点で本物に変わることは出来ると思う。

だから正直、何故メンゴさんがこの言葉をチョイスしたのか分からない。

 

だってさ、花火と麦の関係が本物にはなれないというのであれば、

茜さんが“おにいちゃん”に対して感じたものを“本物”とよべるかわかんなくなる。

麦の言葉を使うと、“流されやすいだけ”なのかもしれない。

そんなのを“本物”とよべるの?

だいたい“本物”という曖昧な言葉自体、この作品には合わないと思う。

 

“本物がない”という考え方が未熟だというのであれば、

何故花火と麦は本物になり得ない?

永遠の堂々巡りだ。

 

これだけすごくモヤッとする。

分かる人がいるなら教えてくれーー。。。

 

最後に、全体を通しての感想

 

個人的に序盤-中盤が最高だった!

人間の本性がドロドロと出ていて、非常に興味深かった。

 

アニメに関しては前も言ったが、作りが素晴らしいと思う!

2分割のカットも好きだし、美術っぽい絵を挟んでくるのもすごく良い!!!

 

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あと音楽担当は"四月は君の嘘”でお馴染みの横山克さん!

盛り上げ方、うまいわ~。

 

ただちょっと文句を言わせて貰うと、

後半はリアルとかけ離れていった気もしたし、

話の展開が“人間関係を解決していく”というものに変わっていったのが少々残念だった。

 

だってさ、おにいちゃんのような純な人が“浮気好きなんでしょ、勝手にどうぞ”とか言う?

人間、片想いは嫌だ。両想いが良い。

つまり好きだと思う人からは、自分と同じかそれ以上の気持ちを感じたい。

お互い似たような気持ちでなければ、人間不安になる。

人間として当たり前の話。

それを違うというのは“人間の仕組み”を否定することであり、偽善でしかないと思う。

 

人間、そんなキレイな生き物じゃない。

そして人間の本性を全面に出して、見せてくれていたのが「クズの本懐」。

だからキレイに見せていくスタイルに変わった後半には“あれ?”と思った。

 

あと不穏に思う事が一つある。

この作品で唯一、何一つ変わっていない人物がいる。

それは“おにいちゃん”。

 

変わらない人間なんていない。

この作品の登場人物は彼を除いて、みんな何かに立ち向かっていった。

でもおにいちゃんにそれはない。

 

となると、その変化が訪れるのは結婚後だろう。

茜さんに対しての気持ちが変わる気がしてならない。

そうなったら茜さん、良い気味だという人も多いとは思うが(笑

 

 

 

 

 

 

 

 

政宗くんのリベンジ、アニメの最終回が残念な件 - 漫画原作読んで!!

なんか今期アニメの感想を全部一緒に書こうかな~とか思ってたけど、間に合いそうにないから個別で。

じゃあ先週挙げろって話だよね。すんません。笑

ってかでもなんで「政宗くんのリベンジ」は一週間早く終わったんだろうな~。不思議だ。

まいいや、サクッといくよ!

でもその先に結論から言うとね、漫画原作の6-8巻も読むべき!!!

 

最終回まで見て

「政宗くんのリベンジ」は毎週楽しく見させてもらってました!!

ただ11話からちょっと落ちてきて、最終話は正直、かなり残念だった。

 

11話で正宗に卑怯な手に乗って欲しくなかったし、最終話でのカラオケ大会とかわりとどうでもいいよー。

しかも1話の半分も使うなーーーー!!

尺取り過ぎ。最終回だぞー!!!!

 

ほんと、悲しかったわ。

“え、これで終わり!?!?”と非常に物足りなさを感じさせるラストだった。

 

それまでが良かった分、ほんとに残念だった。

 

漫画も読んでみた

最終話は6巻にある。

カラオケのシーンは確かに原作にも登場したが、その前後にちゃんとしたストーリーがあったよ!しかもけっこう重要なのが!!

 

ついでに1-8巻まで全部読んでみた。

漫画の方はスラスラーと読める分、アニメの方が頭に残る感じなんだよねー。

だからこそ、あのアニメの最終話は悲しすぎる。。

なんでストーリー重視でやってくれなかったのかなー。

アニメでも見たかったよ。。。(涙

 

最後に

 

アニメは見たけど原作はまだという人。

6巻を読んで!あと8巻もすごく良いよ!!!

ただあの最新刊のラストから“何処に向かうんだろう~”と少し不安にはなるが。。

 

あとね、漫画のイラストを描いているTivさん、最高!!!

めちゃめちゃ好きな絵だわー。

これから応援させて頂きます。

 

あとあと原作でもうちょい出てくるのは小十郎きゅんとねこちゃん!!

この二人良いよ~~。可愛すぎる。

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小十郎きゅん、頑張って!!!

「惡の華」を読んでみた - ヤバイ!!自己の成長を促す作品だった

今更だけど漫画「惡の華」を読んだ。

あのね、めちゃめちゃ面白かった!!

後半、“ヤバイヤバイ”を連発してた。(笑

ただそれに至るまではわりと長い。

 

この作品は中学偏と高校偏に分かれている。

中学偏はアニメにもなった。

このアニメは2、3話見た。

絵は漫画の方が断然良い。

アニメは音が入る分、不気味感は半端ない。

だけどその他はやっぱ漫画っしょ。

 

とりあえず中学偏は異常。

正直あまり好みではない。

 

3巻読んで、読み進めるかどうかを考慮した。

Amazonのレビューを見て、高校偏でのめり込んだというのがあった。

だから一応我慢して読んでみた。

そして読み終わった今思うことは、あそこで放り出さないでマジ良かったーー。

 

また言うが中学偏はマジで異常。

そしてわりと苦痛。理解も共感もできない。

でもこの中学偏があるからこそ、高校偏が栄えるの!

そういう意味ではアニメ「ひぐらしのなく頃に」みたいな感じ。

 

ちなみに5巻(中学偏の終わりの方)から面白くなった!

そして高校偏は夢中になって読んだ。

 

題材

この漫画の解釈は読者の数だけ違い、完全一致するものはないようだ。

 

ただ題材は“思春期”。

これは全巻の表紙に書いてあるから間違いない。

 

で、題材に関連してhamuhamukunがピックアップするのは3巻のあとがたりにあるこれ:

 

中年になって、ハゲて、しわができて白髪になっても、

自意識は思春期のままという人間は大勢います。

始まりは否応なくやってきますが、

終わりは向こうからやってきてくれません。

自分で見つけないといけないからです。

 

“ほーー”と思った。

物事が始まったら、自然に終わりが来るのが世の理。

だが作者の押見修造氏は思春期の自意識に対しては

自分から終わらせなければいけないと言っている。

こんな発想を聞くのは初めてだ。

 

それと同時にこうも思った。

自意識が思春期のままというのはオレではないか!

30目前なのに恥ずかしい。

 

そして全巻を通して読み、やはり自分はそのクソ恥ずかしい人間側の人であった。

 

hamuhamukunの解釈

 

hamuhamukunは現在“自分”を変えようとしている。

(はい、この年になってやっと)

 

そういう背景がhamuhamukunの解釈に影響を与えている部分があるのかもしれない。

だが、自分の考えはこうだ。

 

ある二つの行為をする事によって、“大人”になることが出来る。

逆に言うと、これらをしないと、思春期のマインドからは抜け出せない。

その二つの行為というのはこれだ:

 

それは逃げずに向き合う

他人を理解をしようとすること。

 

中学偏

 

“悪の華”が思春期を象徴しているのであれば、

それに伴うのは自己中心的な思想だ。

中学偏で起こる破壊の数々もそれから来ている。

 

あともう一つキーワードになるのが“空っぽ”、“普通でない”と“依存”。

 

今アニメでやっている“クズの本懐”のヒロイン、花火も思春期の真っ只中で、

自分を“空っぽ”だと感じている。

彼女は他人の評価で自尊心やら存在価値を満たそうとし、その結果、他人に依存する。

 

「惡の華」の主人公の春日は“特別”になることでそれを満たそうとする。

難しい本や詩集を読む事から初めるものの、自己満足の域でしかないと気付く。

それから“普通でない”仲村に惹かれていき、

恋だかなんだかわからない感情のまま、仲村を“救いたい”と言う。

 

でもその裏で本当に春日が欲していたのはやはり“特別”になること。

自分だけの力ではそれには到底近づけないと感じた春日は“特別”である仲村を神化し、

奴隷に近い身分となり、“普通でない”行為を積極的にし始める。

 

“救う”というのも結局、“特別”である彼女を救ったら、自分も特別になれると思ったん

だろうね。

中学偏では“仲村さんのため”と言いながらすべて“自分のため”だったのです。

 

高校偏

*これよりネタバレはあるので、興味を持った人はここまで。

是非是非自分でも読んでみてから、戻ってきて!!!*

 

 

高校偏は同じ学校の文(あや)という女性との出会いの中で、

春日が少しづつ変わってゆくのが描かれる。

 

当初、文は中学時代の記憶を呼び覚まし、連想させる存在でしかなかった。

彼女を通し、本が好きだった“自分”を思い出した。

そして何よりも、仲村を思い出させ、被せる事ができた。

 

でもそれも変わる。

その変化のキモとなっているのが、

“向き合う”事と、“理解する”事だ。

 

まず春日が何に向き合ったのかというと、

仲村の亡霊と悪の華だ。

 

向き合う。

それはすなわち逃げないということ。

 

このシーンで仲村の亡霊と悪の華は過去、

影は“自分”だろう。

(すごくややこしいが、影と悪の華は別ものです)

 

中学の出来事以来、春日は過去から逃げ、家族も避けていた。

影の言葉、そして仲村という過去を前に春日は怯えた。

また逃げようとした。

 

だが文のおかげで踏みとどまる。

そして一つの決断をする。

 

“僕にはできない。

一生幽霊の世界で生きていくなんて”

 

この幽霊とは仲村の亡霊のことであり、

過去を示している。

 

だからこの台詞はこうなる

“僕にはできない。

一生過去の世界で生きていくなんて”

 

それはすなわち、仲村からの決別を意味し、

悪の華を潰した事がこれを示している。

 

この決別は、同時に文という一人の人間に歩みよるということも含まれている。

だからこそ告白へと繋がる。

 

“僕がきみの幽霊を殺す。

下りよう、この線路から。

きみが好きだ”

 

いやー、マジかっこ良かったわー。

この何が良いってやっぱり相手の心の奥底に潜んでいるモノを的確に捉えていること。

 

ここで二つ目のキーワードの“理解”が入ってくる。

仲村との時は“救いたい”と言いながらの“特別”が欲しいだけであった。

表面上では一緒のモノを求めているように見えたが、その実違った。

だから最後に仲村とすれ違った。

 

だが今回は違う。

春日が求めているのは文が持つ何かの特質ではなく、文本人だ。

 

そして文は春日が自分の本当の理解者になり得ると感じた。

そして春日となら自分が幽霊でい続ける必要がなくなると思えた。

はー、マジでカッコ良いよ。。

 

 ここから、春日はどんどん自分の過去と向き合ってゆく。

 

“この傷がたとえ治っても傷跡は無くならないから。

どこかで必ず向き合わなきゃいけなくなる

だから、行くよ”

 

“このまま常盤さんにはずっと何も言わないでおこうと思ってた。

常盤さんには関係ないことだって。

それを押し付けるのはエゴだって。

でも過去は消せない。

めぐりめぐって僕の前に立ちふさがる

 

そして最終的には亡霊でない、仲村本人と会う。

この際、文も春日の理解者になりたいという思いから同行する。

 

二人に会い、話を一通りした後、仲村は去ろうとする。(逃げようと)

それを春日が止め、自分の気持ちを行動でぶつけた後、春日は言う

 

“僕はうれしい。

仲村さんが消えないでいてくれて”

 

仲村は春日の苦い過去の象徴である。

だからこれは自分の過去を受け入れたからこそ言える台詞。

それと同時に、過去が現在の“自分”を形作っているという理解と感謝も込められている。

 

この後、今度は仲村が春日に感情をぶつける。

主に言葉でそれを表現してきた仲村だったが、今回は行動で表現する。

中学の出来事、その時の思い、春日への想い、すべてぶつけたのだろう。

 

春日もやり返し、文をも巻き込む。

でもその行動の結末は涙ではなく、笑顔だった。

口下手な仲村にとって、この取っ組み合いは、理解し合う手段だったのだろう。

 

春日はそうやってすべての過去と向き合い、

文とお互い理解を深め合って、家庭を持つ。

はー、なんか良いな~。羨ましいぞ!!! 笑

 

二人と会った後、仲村も過去と“向き合う”ことが出来たみたいだった。

その当時、自分が一番望んでいた死を拒んだ父と何年かぶりに会ったのだから。

 

良かったーー。

彼女にも幸せな未来が待っていると信じる!

青春時代、もがいた子の方が立派な大人になれると思うし。

 

最後に

最終巻の最後には、

“何にも終わりはありません”と書いてある。

“おい!”って感じだけど、これは“向き合い続ける”重要性を説いているのだろう。

 

最終巻の152-159ページはマジ不穏。

あれは気持ち悪かった。

 

すべてと向き合ったように思えた春日であったが、

“向き合い続けなければいけない”と感じたシーンのようだ。

そうしないと、悪の華は再び眼を開けてしまうのかもしれないね。

 

では“悪の華”とはなんなのか。

思春期の象徴であろう。

 

では“思春期”とは何か。

やはり自己中心的な思想だと考える。

 

相手をちゃんと理解しようとせず、

あの人は自分には合う・合わないとか、

あの人は高嶺の花だとかブスだとかもそう。

こういうのって全部、相手をちゃんと見ようとしていない。

表面しかなぞってない。

 

そしてその対比になるのが、他人を分かろうとする努力。

これは春日と文が見せたような、幸せへの道へと繋がっているといえるのであろう。

 

「惡の華」という作品は個人個人で捉え方は随分違うみたい。

だから感想を書いている人はみんな、ちょっとずつ違う意見を出している。

そこには“正解”はないのだろう。

あるのは“自分”がどう捉えるかだけ。

 

 

 

 

 

 

 

ロンドンで「聲の形」の先行上映を見てきた!!

今日話すのはこれについて!

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「聲の形」のロンドンの先行上映に行ってきた!

まあ、ロンドンで見てきたと言っても主に感想を書くわけだけど。笑

 

場所

先行上映は何箇所かでやってて、hamuhamukunが行ったのは一番安いとこ!!笑

Odeon Panton Street~。

£8だった!だから¥1,850くらいかなー。

そう、これでも安いとこなの。(涙

他は¥2,600くらいだったかな。

 

そんでここではなんと、1時間以内に3回も上映しとった!!

(なんか印刷ミスでよく見えんがw)

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hamuhamukunが行ったのは20時15分の。

110人+入るとこなんだけど、最終的には完売してた。

おめっとー。

このちょっと前には遊戯王も上映してたって~。

客層はやっぱアジア人が若干多かったかな。

でも現地人もめっちゃ多くて、日本人はほとんど見なかった。

 

Panton Streetでは映画館では珍しい自由席で、hamuhamukunは45分前に行った。

そこそこ良い席取れた~。

 

映画の感想

まず思う+言っておきたいのは、原作を先に読んだほうが多分良い!!

 

hamuhamukunはちなみに読んでない。

だからこの感想は原作を読んでない人のもの。

 

点を付けると6.5/10。

決して悪くないけど、おすすめもしない。

 

良かった点

いきなり批判するのもなんだからまず良かった点から。

 

  • サブキャラ - 特にながつか君、マリア、そしてゆづる。ながつか君(ブロッコリー頭)は基本登場したら場が明るくなる。マリアはほんとに、子供ーーって感じで可愛い。めっちゃリアル。メインキャラ寄りで由一良いのはゆづる。
  • 中盤 - ながつか君の登場からめっちゃ雰囲気良くなって、優しい時間が流れてた。“この感じで進んでくれるならこの映画お勧めするわ!”って感じだったけど、後半でそれは無くなった。
  • 音楽も良い - 前半は割とつらい部分も多いけど、音楽があったからまだ救われた箇所もあったと思う。
  • ×の表現 - 始めは正直何かは分からなかった。でも分かった時には良い味を出した。ただ、最大限に活かせてないとも感じた。

 

悪かった点

また言うが、原作を読んでないものの意見。

 

  • 何を伝えたいか分からなかった - 予告を見る限り恋愛ものっぽいけどそうじゃなかった。かと言って、考えさせられる作品でもないし、感動もない。
  • 進行(特に後半)が非常に悪く、心理描写も描けてない - 薄っぺらいし淡々としてる。扱ってる内容が重いから、話は重くしないようにしたんだろうが、結果何をしたいのか分からない。もっと心理を描いて欲しかった。
  • 気持ちが良くない主人公 - ながつか君は主人公の石田を“良いヤツ”と呼ぶ。とんでもない。高校生になって良くなったと思いきや、後半で本性を見せた。“おまえの罪の意識はどうなった?” “またおまえは周りを最悪の気分にさせるのか。そのくせデートしまくるとかどういう神経してんの?”って感じで、ただただ呆れる。エンディングも主人公に共感できないから“は?”って感じ。
  • 中途半端で魅力のない主要キャラ - 黒髪ロングのうえのとかをとってみよう。主人公と同じく共感がまったく出来ない。魅力的にさせようと思えば出来る。サバサバしてて物事をはっきり言うけど、色々考えてて仲間想いのしっかりものにすればいい。なんでギャルビッチにするの?ちょっと入れてくる萌えもめちゃくちゃ不釣合い。
最後に

いやー、しかしアニメ映画がロンドンで普通に上映される時代になったんだな!!

それはすごく嬉しい。

 

もちろんジブリ作品は映画館でやってたけど、それ以外はなかった。

この流れを作ったのは「君の名は」かな。

そして次はSword Art Online!! 4月に上映だ~。

 

 あと「聲の形」に関して言うと、ほんと後半が残念すぎて、その前に抱いてた好印象を全部ぶち壊した。

成長しないキャラを見るのは気持ちが良いものではない。

 

ただ反面教師的に自分も成長しないとなとは思うよね。(汗 

変わるものに心を動かされるわけだし、“魅力”を感じるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

メディアに気をつけて!! 【BBCの番組を通して思った事】

今回はこの番組と記事に関して話そう:

BBC - Stacey Dooley Investigates: Young Sex For Sale In Japan - Media Centre

BBC Reporter Claims Anime and Manga Promotes Pedophilia

 

この数週間、児童性愛者がイギリスのニュースに頻繁に出てくる。

もちろん児童性愛者は異常であり、成長過程の子供と性行為をするのは間違っている。

 

ただ、メディアで頻繁に取り上げられることに対してひっかかる。

抑止力効果があるのかもしれない。

しかし、頻繁に出すぎるものには洗脳に近いものを感じてしまう。

 

この抱いている疑問にすごくよく当てはまるのがBBC 3で放映されたYoung Sex for Sale in Japanというタイトルの番組である。

 

過剰な白黒

 

BBC記者、Staceyは黒だと証明したいが故に他の意見を無視する。

それは彼女の仕事上、ある程度はしょうがないかもしれない。

しかし、番組はそれをあたかも真実のように報じるのは問題である。

 

そしてこれは児童性愛者のニュースに限ったことではないからこそ疑問を抱く。

過剰に白黒をつけ、それを人々のスタンダードにするメディア。

それは怖い事だと思う。

 

実際、捕鯨でも同じような現象があった。

1~2週間、ずっとちょこちょこと捕鯨がどれ程残酷非道なものかを報道し続ける。

そのうち、有名人も反対の声を上げ、捕鯨という話題で大いに盛り上がる。

しかしその報道にどれだけの抜け落ちた真実・見解があるだろうか。

 

一方的に黒を押すという事は、白を示すものを排除する事と一緒。

しかし大衆はそれに気付かず、報道されているものに賛同するだけ。

やはり洗脳でしょ?

 

思想・モラルの植え付け

 

それだけではなく、他に植え付けているものがある。

それは関連性を作らせるもので、以下のような流れになる:

 

日本での残虐な捕鯨を報道する

↓ 報道が続き

日本は残虐な事を行う国家だ。

 

という思想をも植え付けるのだ。

日本人に対する偏見を抱かせている。

 

Young Sex for Sale in Japanの番組ではこうだ:

 

児童性愛者は人間じゃない

日本は児童性愛者を育んでいる

日本は野蛮

(僕ら“正常”な人種とは違う)

 

児童性愛者が非人道的であると報道されている最中だと余計効果的であろう。

 

対策

 

Staceyが取材した野上武志さんは漫画家で、有名アニメのキャラクター原案もしている人。

彼のTwitterで色々うまくまとまっていて、対策案も的を射ていると思う。

野上武志 Takeshi NOGAMI (@takeshi_nogami) | Twitter

 

あとそこにも書いてあるが、この番組はBBC 3のものであるため、BBC自体の印象を悪くしないで欲しい。

BBC 3のターゲットは16-34歳という比較的若い層向けであり、インターネット配信しかしていないのだ。

BBC本家の動物や自然を題材にしているドキュメンタリーは本当に素晴らしい。

 

結論

まず、普段の生活で目にするものすべてが真実だと思わないで欲しい。

メディアに対し、ある程度の疑いの目は必要なのだ。

 

Staceyのような人間は珍しくない。

自分の意見の一点張りで他の声に耳を貸さない人。

身の回りにいるかもしれないし、それは自分であるかもしれない。

 

人間に強い意見があるのは当然だが、他の意見や見解を理解しようとしないのは愚かだ。

そういう人にならないようにするために一つの提案がある。

 

常に素直な気持ちでいるように心がけよう。

これはリラックスしている状態であり、人の意見も受け入れられる体勢である。

ただこれは相手の事を聞くだけで意見を言わないということではない。

 

相手に言わせ、

肯定できる所があれば肯定し、

その上で他の意見も提示する。

 

いかかでしょうか?