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ココロコネクトから学ぶ「自分」

感想 アニメ 哲学

 

ココロコネクト見終わった!全17話。

文化研究部4人が試練に立ち向かって成長する物語。

展開も良く、深いし、すごく良くまとめていた!!

 

文化研究部の一人、

永瀬伊織と彼女が抱えていた「自分」に対しての疑問について話そうと思う。

 

永瀬伊織の悩みと「自分」に対して

*ネタバレがほとんどないように書いているつもり*

 

この作品で伊織が常に気にしていた事がある。

それは人の好みに合わせて、人格を変える自分がいる事。

そこで人格入れ替わりが起こった。

すると、“これが自分だ”と言える人格がない伊織はとてつもなく怖くなった。

 

すごく哲学的な事だと思うが、要するに、彼女の悩みはこうだ:

これを読んでいるあなたがいます。

あなたは日々、友達、知り合い、家族、他人、多くの人と接しています。

ではあなたに近い人間、彼らはどうやってあなたを認識しているのでしょうか。

 

容姿。これは欠かせないでしょう。

目に入ってくるものなので当然。

 

では中身の意識・魂が他の人と入れ替わるという現象が起こりました。

そこであなたは自分に近い人間と再び会いました。

正体をばらさずにとめどない会話を5分したとしましょう。

他人の殻を被ったあなたを彼らは正しく認識する事ができるでしょうか。

もっと単純に言い換えると、容姿なくして、他の人はあなたを認識できるだろうか。

 

うわー、深い!!

「自分」について考えさせられるよねー。

 

また、この作品でもう一つ哲学的な部分が最後の話にある。

それは人は誰しも、他の人を型にはめようとする習性がある事。

そしてそれは自分に近い人物であれば、尚更そうかもしれない。

 

要するに、自分も他人に対し、“○○と思われたいから△△の自分を演じる”という部分がある。

そして他の人との仲が深まる事によって、その人は“Xはこういう人間だ”という「自分」が作り出される。

 

他人が抱いている「自分」。

自分が抱いている「自分」。

自分が演じている「自分」。

どれが本当の自分?

 

八重樫太一の返答と永瀬伊織の決心

*ネタバレ有り*

 

伊織の悩みに対し、太一(本作の主人公)は答える:

“どれも永瀬伊織だろうが!” ココロコネクト第5話

 

屁理屈だとも言われるが、一理ある。

人間という生物はいくつも顔を持っている。

そしてそれらを使いこなして生きている。

(その中で顔・仮面が多い人と少ない人は存在するが)

 

この顔・仮面というものに相反するものもあるという点は重要だと思う。

僕らの生活でこれを自分、そして相手に対して自覚するだけで変わる事もあるだろう。

 

 そして伊織が最終的に行き着くのは:

“うまくやる事が人生の目的じゃない。

…でめえの人生なんだから、勝手に好きに生きとけば良い。

それで良いんだ。”ココロコネクト第17話

 

いろんな「自分」を受け入れた事でふっきれる事ができたのだ。

そして感情に素直になり、直感で生きる事にした。

 

まとめ

 

「自分」は単体のものと考えてしまうと思う。

だが実際そうではなく、多様なのだ。

 

人間の脳とは簡略するのが好きだ。

情報量をなるべく少なくするための働きだ。

だから僕らは物事を型にはめたがる。

 

だが型にはめたものが真実なのか?!

その型は事実の一部であっても、真実ではない。

 

だから友達や家族を型にはめ、

友達・恋人・家族がその型に反した行動を取ってもそれを怒らないようにしたい。

だって“その人はこうだ”と決めているのも自分なのだ。

型にはめるのは偏見へとも繋がっているのだ。

 

もっと自由に考えたいものだね。

でも脳がそれをさせないならせめて自覚していたいものだ。

 

そして「自分」に対しては、“自分はこうだ!”(単体)と考えず、

伊織が行き着いた、“もっと楽に”(多様なのだから)という考えに同意する。